布袋小折地区の南山神明社・神明社編

 地元江南市布袋小折地区には、伊勢神宮の祭神と同じの外宮「南山神明社」と内宮の「神明社」があり、五穀を司る豊受大神である。生駒氏の氏神として慶長15年(1610)に生駒利豊により再建された。特に南山神明社の拝殿を飾る彫刻は「幕末の甚五郎」とか「東濃の左甚五郎」と称された野村作十郎氏の作であるという説があり、とても興味深い史実である。他にこの地方では、久昌寺の本尊釈迦如来も彼の彫刻であるとのことである。
参考 MyTown「天空の龍 幻の名匠 野村作十郎」舟橋武志著 リンク
 解        説 写       真 
南山神明社 (外宮)


 南山神明社の正面入口、拝殿の後ろに神殿
がある。右に社務所がある。












 
  南山神明社の拝殿前  
 拝殿の建物の上部には、有名な彫刻がある。
「幕末の甚五郎」とか「東濃の左甚五郎」と称された
野村作十郎氏の作ではという説があり、とても興味
深い。
 
 拝殿建物上部の右部分の彫刻
 
 拝殿建物上部の真ん中部分の彫刻  
 拝殿建物上部の左部分の彫刻   
 南山神明社拝殿での巫女の舞

  (27.4.26 祈念祭挙行時に撮影・追加)
 
 神 明 社 内宮)
 神明社は小折の田代町郷中にあり、『神社
明細書』によれば、明応年間(1492〜1501)
生駒家広が領主としてこの地に居住するに
あたり、守護神として勧請(かんじょう)した
社ということです。
 『尾張徇行記』によれば 「当村五社祠官
山田和泉書上ニ神明外宮社五畝歩、神明
内宮社内九畝六歩・・・」と記されています。
即ち小折村には二つの神明社があり、それ
は外宮(南山神明社)と内宮(当神明社)で
いづれも生駒家代々の氏神であった訳です。

 勧請したのは明応のころというだけで年代
は定かではありませんが、慶長15年(1610)
第五代目生駒因幡守利豊の時に再建した
古記録が残っています。また、当神社には
宝暦3年(1753)及び文化10年(1813)の屋
根葺き替え工事の際の棟札が残っています。
平成17年には覆屋も含めた全体の修理を
行い、かつての鮮やかな朱色が甦がえって
います。 一間社神明造りでこの種の古い
建物が残っているのは珍しいと言われて
います。

 
 神明社神殿   
 神明社の案内立札   
  神明社拝殿前